1.1 空力の全体コンセプト

空力的に要求される性能がチームで定まると, いよいよ設計が始まる. このときに各部の設計を始める前に, 車体全体の流れ場のコンセプトを定めておくと, 各部の設計がしやすくなる. 特にフォーミュラマシンの場合は, 露出しているタイヤの後流処理をするために敢えて強い渦を発生させるなどの特殊な空力処理が使用されることが多い. さらに学生フォーミュラでの空力デバイスに対するレギュレーションの制限は少なく, タイヤ付近以外はなんでもできるレギュレーションになっており, 多くの選択肢を考えることができる. よってここでは典型的な学生フォーミュラにおける空力パッケージにおける全体の流れ場コンセプトを紹介する.  

1.2 流れ場のコンセプト

流れ場のコンセプトは使用する空力デバイスによって変わってくる. ここではよく見る3つの空力デバイスのコンビネーションそれぞれにおける流れ場のコンセプトを紹介する.

なお今後, 流れの状態を説明するうえでたびたび出てくる略語があるため, 各用語の定義を以下にまとめておく.

  • upwash: 上方向の流れ
  • downwash: 下方向の流れ
  • outwash: 外方向の流れ
  • inwash: 内方向の流れ
  • CzT: SCLと同義, CLではなくSCL
  • AB: エアロバランス. 圧力中心をホイールベースで無次元化した量. %表記され値が大きいほどフロントのダウンフォースが強い
  • CzF: CzT * AB
  • CzR: CzT * (1-AB)
  • Cx: ドラッグの無次元数, SCDと同義
  • CoP: 圧力中心
  • AoA: 迎え角
  • Cp: 圧力係数
  • Cf: 摩擦係数
  • CpT: 全圧力係数
  • FW: フロントウィング
  • SW: サイドウィング
  • RW: リアウィング
  • SV: Side Viewの略. 側面から見たという意味
  • PV: Plan Viewの略. 上面, または下面から見たという意味.
  • Profile: 空力を考慮した曲線. 床のprofileや翼のprofileなど, 空力的な意図を持ち曲率が制御されている曲線を示す.
1.2.0 普遍的な流れのコンセプト

全てのレースカーの空力設計において最も大事なのは, 剥離していない流れを実現することである. 当たり前のように見えるが例えばコーナーのApexでヨー角とロール角が大きくなりタイヤからの後流による影響が大きくなるときにも全ての空力デバイスで剥離を防ぐのは容易なことではない. ブレーキングのときに車のピッチ角が増すことで, FWのmain planeが剥離する可能性もある. よって剥離のない流れ場にするというのは最も基本的なコンセプトになる. なお剥離が発生してもしばらくは翼単体でのダウンフォースは増加し続ける. そのためCzTを最大化するという目的では多少の剥離は問題ないという考え方をすることも可能だが, 剥離した流れ場は非定常が強く性能の差が激しくなること, またCFDでの剥離予測は完璧ではないことに留意したい. なお剥離をCFDで確認する方法として最も有効なのは摩擦係数, Cfのコンターを0-0.01の範囲にして表示し, その上に表面の流線をLICで描画する. 青い部分は剥離している, または剥離しそうな領域である一方で翼全面が真っ赤に表示される場合はさらに迎え角をつけても剥離のない流れを維持できる, などの判断ができる.

次の普遍的なコンセプトは, できるだけ流体のもつエネルギーを維持するということ. これは, 流線上のベルヌーイ数の損失を防ぐ, CpT (全圧係数)の低下を最小限にする, 空気の乱れを最小限に抑える, 流れ場をきれいにするなど様々な言い方が可能である. なぜ空力の設計において剥離を防ぐ次にこのコンセプトを上げるかというと, CpTが高いほど流体の流れはより形状に沿い, そのため意図した性能を発揮しやすくなるためである. 例えば渦を発生させたいとき, 渦を発生させたい領域の流れが十分にきれいであれば低圧域を持つきれいな渦の生成が可能になるが, タイヤの後流の処理が甘くCpTが低い流れ場では渦を意図したとおりに扱えなかったりする. 翼を用いた局所的なoutwash elementなどもCpTが低い領域では機能しない. CpTは剥離の他にも境界層の積層, 逆圧力勾配下にある渦のバーストなどによって低下するため, FW下面の翼端で発生する渦 ,通称FWEP Vortexには細心の注意を払う必要がある. CpTの表示範囲は-0.6から1をおすすめする. これは個人差があるが1の時に白, 0.8で赤, -0.6で青になるようなコンタを用いると結果が見やすくなる.

最後にタイヤ後流の処理をあげる. 特にラジエータやフロア, SWが車の左右に位置する場合, フロントタイヤからの後流を抑えつつ外側に排出することで, 空力や冷却デバイスの邪魔にならないように注意したい. タイヤの後流の処理は基本的にはCpTを向上させるという段階での1つにすぎないが, 扱いが難しく, 後流を外側にやればやるほど左右のデバイスの性能が向上していくため敢えて1つのコンセプトとして紹介した. 前輪の場合, 後流の処理はoutwashとDownwashを用いて行われるが, outwashを発生させることでタイヤの内側に低圧領域が発生するため, FWからの空気の抜きをよくする, FWの翼端渦のバーストを抑制する, などの追加のポジティブな要素を盛り込むことができる. ディフューザが備わっているチームであれば後輪のタイヤと地面の接地面によって発生するCpTの低いジェット気流を抑えることが床下の空気を効率よく引き抜くために重要な流れになる. 例えば2022-2025年のF1のレギュレーションであれば, 多くのチームが後輪前方, ラジエータのカウルを用いてできる限り接地面に向けたDownwashを発生させてこの流れ場を実現させていた. ブラウンディフューザなどと呼ばれる昔の排気口を後輪前方に配置するレイアウトも以上の空力的な効果を狙ったものである.

1.2.1 FW+RW

おそらく空力デバイスを導入して初期のチームが採用するパッケージはこの形式が多い. また設計, 製作に要する時間に対して得られるCzTが最も大きい組み合わせでもある. そこで, まずはフロントウィング(FW)とリアウィング(RW)のみを使用する場合の流れ場を, 単純化して考えてみよう.

FWはupwashを生じるため, RWの翼の正味の迎え角には影響が生じる. よってフロントを立てすぎるとリアのパフォーマンスは低下し, リアウィングの高さに応じてフロントウィングの迎え角(AoA)には最適解があることが予想できる. フロントウィングは, その地面との近さ, そして完全にクリーンな空気を受けるため車のエアロパーツの中で最も簡単にダウンフォースを発生させることのできる部品である. そのためリアウィングのパフォーマンスに応じてフロントのダウンフォースを調整するというアプローチが最も有効だろう.

学生フォーミュラとF1での1つの違いにドライバーの着座位置が挙げられる. F1ではドライバーの頭はできるだけ低めに配置し, そのヘルメットから発生する後流を最小限にする一方で, 学生フォーミュラの規定の中でドライバーの頭の頂点をF1ほど低く持ってくることは難しい. よってリアウィングでの効率のいいダウンフォースを発生させるためには, ドライバーのヘルメットからの後流をできるだけ受けない位置, つまりかなり高い位置に設置する必要がある. もちろんリアウィングを高い位置に設置すると効率は向上するものの, 車の重心位置が高くなってしまうという欠点もあるため, Vehicle dynamics側の人間と相談し, 実際にいくつかケーススタディをしてみることをおすすめする.

さて, ここで翼の描き方についてある程度解説をしておく. 翼型は効率よくダウンフォースを発生させるために最適化されているべきであるが, これは何もコンピュータによって最適化が必要なわけではない. 流体力学でも出てくる, 流線-曲率の定理より, 翼型に流れが沿うと仮定した場合, 翼型の曲率分布を調節することで翼表面の圧力分布を人為的に操作することができる. 

1.2.2 FW+RW+UF

次に前述した2点に加えアンダーフロア, およびディフューザを加味した設計を考えてみる. この段階以降, 前輪の後流の処理がパッケージのパフォーマンスに非常に大きな影響を与える. 原始的な床下の空気の流れがダウンフォースを発生する原理は, 床下でできるだけ流れを加速させ, 低圧領域を車体下面に生むというものだ. 原理を正しく理解するためにまずは2Dから考えてみよう. ディフューザにおいてOutletでの圧力はおおむね大気圧と一致する, 要はこれが2つ大事な境界条件となる. 圧力は連続関数であること, Outletでの圧力が一定であることを考えると, 床下でのダウンフォースはいかにディフューザ前方に低圧領域を作れるかが大事であることが分かる. よくベルヌーイの定理を用いた説明が使われ, その説明は50%正しいが, 本来一番大事なのはOutletの条件が一定でそのうえでベルヌーイの定理を適応しなければいけないというところである.

さて, ベルヌーイの定理によると, 流路を絞るほどその流路内での圧力は低くなる. よってOutletでの流路面積と床下の面積の比が大きいほどディフューザ前方の圧力を低くすることができる. ここでOutletでの面積, および床下の流路面積どちらも変数として捉えられるため, 基本的な方針としてはできる限り拡大するというのがコンセプトになってくる. ディフューザのキックライン, 面積が拡大し始めるところを起点として低圧領域は前方に広がる. つまり面積を拡大し始めるところがもっとも床下で大きなダウンフォースを生むことができる. このとき, 流れ方向に対して流路面積の分布をグラフにすると, 圧力分布と非常に相関があるため, Area profilingなどと呼ばれ, 通常翼型を描くときと同じ程度の注意が払われる. キックラインが早すぎると前輪の後流が床下に侵入してしまう可能性, 遅すぎると流路拡大の効率が下がる可能性があるため, キックラインがどこがベストか, どのように拡大するとそのパッケージにおいて最もダウンフォースが増えるのかということを念頭に設計してみてほしい.

ディフューザの話としては最後に流路を絞る限界について述べておく. よく地面効果を表すグラフとして, ある点を境にパフォーマンスが急激に低下するというものが紹介される. これは全くもって正しいが, この原理について補足, そして具体的に床下の流路との関連について紹介する. まずグランドエフェクトというのは床によって面積拡大の効率が向上し, より負圧が発生しやすくなる現象である. これは地面からの流れの湧き出しが物理的にあり得ないため, 地面という流線は常に水平に固定されるためである.  しかしこれは非粘性流体をベースにした話のため, 粘性の影響が発生する領域ではこの通りにならない. 具体的にはもし最小の流路幅が地面と床下からの境界層厚さと同じオーダーであった場合, 境界層を拡大しようとするディフューザーは粘性に負け, 実際にはフロアの流れを拡大することができず, 流れが詰まった状態となり前方側全体の圧力が上昇してしまう. よって理論的には学生フォーミュラの車体, および床下の高さはRe数と境界層厚さの関係から推察するとF1よりも低くすることができる. 実際には定常時の最低車高30mmというレギュレーションのためこれは叶わないが, 裏を返すとこのレギュレーションを最大限に生かした床下設計をしても, パフォーマンスが低下する領域に侵入する可能性は低いと思われる.

ディフューザの流路内の流れの質はできるだけ高い状態を維持したい. そのためにはフロントウィングを効果的に使い, 前輪の後流の処理をする必要がある. まずは基本的なアプローチはタイヤと地面の接地面から発生する汚いジェット気流を最小限にすること, そしてタイヤをBluff bodyと見たときのタイヤの後ろ側に発生する後流をできるだけ外側に排除することに注目するといい. ともにOutwashが有効な策であるが, 特にジェット気流に関してはDownwashも有効なため, FWEP Vortexを正しい位置に正しい強さで配置できれば, 大きなパフォーマンス向上が期待できる. これを実行するために, フロントウィングはおそらく再設計が必要になるが, タイヤの後流処理と床下にきれいな流れを入れることを優先して設計すると, フロントウィングのパフォーマンスはおそらく低下する. それでもこの項目を優先して設計することで, おそらく全体としてのパフォーマンスは大きく向上させることができるため, まずは後流の処理を優先して設計を進めてほしい. 必要であれば, フロントウィングのストレーキや翼型を調整することで, きれいな後流を維持したままパフォーマンスを回復することを強くお勧めする. 

リアウィングとディフューザにも関係性がある. ディフューザからの空気をうまく引き抜くという目的のためであれば, リアウィングの最も荷重がかかるポイントを比較的後ろ側に配置し, ディフューザ出口側に低圧領域を配置するなどの手法が考えられる. これは非常に強力なツールだが, リアウィング単体での効率が下がってしまいドラッグが増えるため, 全体での空力効率をよく確認しておく必要がある. ディフューザの設計がうまく行っていればうまく行っているほど, この手法はより有用となってくるため, ディフューザの設計をアップデートするごとに2種類のリアウィングを試すことで, ディフューザの設計を間接的に評価することも可能だろう.

1.2.3 FW+RW+UF+SW+Misc (WIP)

最後に考えられるすべてのエアロパーツがついた状態も考えてみよう. 学生フォーミュラはレギュレーションがRegulation Volume以外にほとんど規制がないため, 非常に多様な空力的アプローチが可能になる. 

1.3 最後に

学生フォーミュラの場合, 最も導入しやすい部品はフロントウィングとリアウィングだろう. サイドやコーナーにエアロパーツがつくと, 様々なアプローチでダウンフォースを発生させることができるようになる. 以上に示した流れのコンセプトを自分なりに解釈して, それをより改良したものをぜひレースカーに実装してみてほしい.

改訂記録

05/09/2024: 初版公開(1.2.3節が未完, また図の不足あり)