6 レースカーと風洞実験
6.1 風洞実験とは
空力開発の上で風洞実験は欠かせないステップだ. 風洞とは、測定物に一定の流速で乱流強度の非常に低い, つまりきれいに整流された風を当て続けることのできる装置である. 実車は車の移動速度と比べると比較的静止流体の中を走るのに対して, 風洞実験では風を車にあてることで, 相対的に同じ状況を模して行う. そのため走行中のノイズなどに影響されない, 純粋な空力性能の測定が可能できるというのが風洞実験の強みである. また流体力学におけるレイノルズの相似則によると, 流れのRe数を合わせていると, モデルのサイズを変更しても空力的に同等の流れ場が得られるということが知られている. この原理に則り, 風洞実験はより小さいスケールモデルを用いて実験を行えるというメリットがある. 例えば50%のスケールモデルを使用すると, その体積は1/8となるため, 製造における予算も大幅に削減することができる.
6.2 風洞装置
前述したように, 風洞装置を簡単に説明すると大きい扇風機だ. ただ実験を正確に実施するための整流技術, 建設コスト, 及びランニングコスト削減のための工夫など扇風機と比較すると非常に多くの要素を追加で考慮する必要がある. また実際の車と同じ状態を再現には, 境界層の排除, 流速と同じ速度で動くローリングベルトと呼ばれる車の風洞実験に必要な追加の装置なども必要になるため, 風洞そのものも単純ではない. そこでまずは風洞について解説していく. なお今後, 超音速風洞など, モータースポーツに適用されないタイプの風洞の紹介は除外する.
6.2.1 種類
モータースポーツに使われる風洞は大きく分けて2つ, 流れを循環させるタイプとさせないタイプがある. それぞれの模式図を図6.1(今日は疲れたので図はまた今度)に記す. 流れを循環させないタイプの風洞は比較的安価に製作ができる. ただし流れを0からほしい流速に加速させる必要があるため電気代で考えたときにそのランニングコストが大きい. それに対して流れを循環させるタイプの風洞は流れを循環させるため効率がいい. よって多くの場合, 循環型の風洞が用いられる.
循環型風洞にも大きく2種類があり, テストセクションと呼ばれるモデルを配置する領域が開口しているものと完全に閉口しているタイプがある. 風洞実験において1つ重要なことは, テストセクションの形状が流れ場に影響を及ぼさないことであり, 通常テストセクションの断面積に対し, モデルの前方投影面積は5-10%以内に納める必要がある. テストセクションが開口しているものは, 比較的この制約が緩くなり, 小さなテストセクションに大きなモデルを置いた状態でも実験ができる. ただ開口している分のランニングコストがかかるため, この2つは一長一短といえる.
6.2.2 全体形状
6.2.3 ファン
6.2.4 ターニングベイン
空気の効率よく循環させるために, 高キャンバーの翼形状ガイドが各コーナーに配置される. これらはコーナー部での流れが乱れることを防ぎ, 全体の効率向上=ランニングコスト削減を目的として設置されている.
6.2.5 ラジエータ
ファンにより加速されられた空気は完全に運動エネルギーに変換されるわけではない. 熱としてそのエネルギーが散逸することもあれば, 壁面との摩擦による温度変化も考えられる. 詳細は後述するが, 力や圧力を測定するうえでは1℃や2℃の温度変化も発生してほしくない. そのためにラジエータを導入し, 空気を冷やすことで, 一定の動作温度を保っている. なおこのラジエータは流体を冷やすだけではなく, 風洞の壁そのものを温度制御するためにも使用される.
6.2.6 整流
6.2.7 床
レースカーにおける風洞実験における一番特殊な要素が動く床, 通称ムービングベルトだろう. 風洞装置はもともと航空機の形状試験を目的に開発されたものの, ムービングベルトに関してはレース業界によってその開発が進み, 今では航空機の離着陸の様子などを試験するときには使われるようになっているらしい. この床の開発の歴史を追うのは楽しいが, 今はMTSという会社が一強だとか. 主に前後のローラーとテンションを調節するためのローラーで構成され, ベルト自体は薄い金属製である. ローラーとベルトは空気軸受けのような構造となっており, 非常に低摩擦での駆動が可能となる. またテストセクション部には, ベルト下部に金属の板があり, その板を通してベルトを吸い続けることで, 車体下部の低圧部によりベルトのまくり上げなどを防止している. また追加でタイヤの位置にも荷重を測定できる軸受けを設置することで, 直接車体にかかる床面垂直方向の力を測定する技術も開発されている.
ムービングベルトを使用する理由は, 境界層の様子を実際の走行中の様子と同じにするためだ. 実際にレースカーが走行する地面では境界層は発達していない. 強いて言うと, 車体下部によって流れが加速することで初めて境界層が発達する. しかし風洞のテストセクションにはムービングベルトの前にも床があり, 境界層は発生する. 車体下部に低圧部を発生されてダウンフォースを得るコンセプトの場合, この境界層は影響が大きくなる.
通常存在しない境界層が存在すると, 車体下部への空気の流入量は低下する. 特に, 通常の風洞実験が行われるRe数の領域における境界層厚さは無視できない. 例えば風洞を40m/sで運転していると考えたとき, 車の前の領域が1mあるとする. この場合車前方には約15mmの境界層が発達しており, 車体下部の全体が境界層になっているという可能性も考えられる.
特にスケールモデルでの実験であれば, 測定結果がこの境界層の影響をもろに受けるためムービングベルトの前後には境界層を除去する処理がされてある. 僕が知る限りでは, ムービングベルトの前後で空気を一度吸ったり, 前後でムービングベルトに平行な空気をジェットのように流入させる方法でリセットする方法がある. もしムービングベルトがない風洞の場合は, 別途高さの違う床(板を)の上に車を乗せ, その板を前輪ギリギリの位置に設置することで境界層の影響を最小化できる.
現状, CFDでの表面性状のモデル化がまだ発展途上である(執筆時2023年地点において). 調整できるようにパラメータをふる機能は付いているものの, 実際の精度という観点では十分に信頼できるようなものではない. そこでムービングベルト自体の表面性状を路面のアスファルトに合わせて粗くしている例などもある. 一般にはベルトがスムーズなほど地面からのロスが減り, 空力性能は向上する. この影響はサーキット場の路面状態からも確認でき, 全く同じ空力パッケージでも路面の表面性状によって空力性能は異なることが知られている.
6.3 実験方法
風洞実験の利点は, 空力の実測値が得られることと, あらゆる姿勢, また姿勢変化時での計測やその姿勢に接近するまでのパラメータの移動のさせ方を含めて(車が上がっていくのか, 下がっていくのかなど)CFDと比較してデータを比較的容易に得られるところにある. そのためレースカーの風洞実験の場合, サスペンションはプッシュロッド(もしくはプルロッド)を除いてできるだけ実車に近い形でモデルを作り, タイヤの切れ角が車の姿勢に対して実車と同じ動きをするのが理想である. プッシュロッドを加味すると, ばねによる反力が計測する荷重に影響してしまう. これを各姿勢において事前計測すればキャリブレーションはできるものの, この作業は実際の実測時間を短縮してしまうため実際にはサスペンションの動きを電子制御するモデルが多い.
F1などで風洞実験を使用する場合, 例えば30h/weekのようなレギュレーションが存在する. F1以外にも多くの場合, 風洞へのアクセスは時間的制限が厳しいことが多いだろう. ここで実験にかかるおおよその時間を概算してみる. テストしたい部品が各部位で2つずつあるとする. そしてエアロマップを製作するために高さ, ロール角, ヨー角, ピッチ角の4つを変更するとしよう. 各点5つずつデータをとり, マップを製作したいとすると, 組み合わせを計算すると5^4になる. ここで姿勢制御には車内部にアクチュエータを設置する, 或いは風洞そのものの機能(ターンテーブルなど)を用いて自動制御でき, 毎度風洞を止めて再運転する必要がないと仮定する(これが手動でしか変更できないようなモデルだと作業効率がとても悪くなる). 風洞で得られるデータは時間によってばらつきが大きいため, 時間平均をとる必要がある. ここで姿勢の変更に5秒かかるとする. 時間平均はモデルの大きさなどにも依存するが, ここでは10対流時間としよう. 50%のスケールモデルで60km/hの状態でのテストを行っており, 風洞の長手方向を20L, モデルの長さを1.2mとすると, 時間平均に必要な時間は以下のように計算できる.
60/3.6*2t=20*1.2*10, t =7.2 sec
よって1つのデータを得るのに必要な時間は約12秒とわかる. これらを考慮して, 実験に必要な時間を計算すると, 理想的な状態で2時間程度とわかる. さらに各部位での組み合わせを考慮すると, フロントウィングとリアウィングのみだとすると4通り, よって8時間必要になる. もしここにさらに, ストール角の検証のためにAoAの調整がパラメータとして入ってくる, またはDRSの効果を動的に評価したい, などの要望が入ってくる場合,1週間毎日使えてもテストの時間が足りないことは想像に容易い. 幸い, 近年の計算資源の低コスト化に伴い, すべてを風洞実験から評価する必要はなくなっている. むしろ, より効果的に両者を使うために風洞実験の実験プランはかなり慎重に計画される必要がある. 例えば, とあるパーツの組み合わせでのエアロマップが, 一部のみCFDと乖離している場合, その場所と基準位置の2か所に絞って他の組み合わせの測定を行ったり, 渦と渦をRW周りでキャンセルするコンセプトのように, 現象として非線形性が高くCFDの結果の正確性に不安がある点に重点を絞ってデータを得るなど, 様々な工夫が考えられるだろう.
また上記に示した測定はあくまで基本的な実験に過ぎず, より正確にCFDとの整合性を評価するには, PIVや高粘性のオイルを用いた表面の流れの可視化なども追加実験としてできると望ましい. また多くの場合, CFDのソルバーにはRANS(時間平均化されたNS方程式)を用いていると思う. 平均化による正当性を評価するために, タイヤの後流や翼の後端の流れの不安定性による時間的空力応答がどの程度変動するのか, などのデータは風洞を用いることで効果的にかつ簡単に取得できるので, 行っておきたい. ただしこれらの実験にはセッティングにより多くの時間がかかるため, 重点を絞った実験方法を事前に検討しておく必要がある.
風洞実験も完全な空力評価ツールとはいえない. 第一に風洞では整流された空気が流れてくるため, 横風の突風による空力的な影響を評価することは難しい. またターンテーブルを用いてヨー角に対する空力特性を評価できるが, 実車の旋回時の条件とは厳密には異なる. そして最後に, 風洞実験では流れ場の様子を定量的に評価することが難しい. 十分なサンプリングレートを持ったハイスピードカメラとレーザーシートを複数設置できる場合, タイヤ付近のPIV解析やいわゆる車体周りの流れ場を評価することはできるが床下の流れや渦の様子を観察するためにはモデルに透明な”窓”をつける必要がある. それに新しいモデルであれば, 最適なセッティングを探すのに時間がかかったり, モデルの色や素材も, PIVを行う前提で定める必要がある. このように, 風洞実験からCFDとの流れ場を直接比較できるデータを得ることは難しい. そのためCFDと風洞の数値が違うとなった場合, どこが原因で違うのかを慎重に議論する必要がある. モデル内に圧力センサを取り込んでおくと, この辺りの評価はしやすくなるだろうが, ここもコストとの相談になる. このように正確に風洞実験を行うには, モデルの製作や計測機器などを総合すると, お金も時間も労力もかかる.
以下に風洞実験を通して得られるデータの種類と, 測定方法を記載する.
6.3.1 力の測定
力とモーメントをそれぞれ3方向, つまり合計で6つの要素を測定するのが一般的. これらの情報からダウンフォースやドラッグに加えて, 各姿勢における空力中心を計算することができる. 力を測定するための装置(バランス)は風洞そのものに付随している場合が多く, ピッチとヨー角も風洞そのものによって, 細かく制御できる場合が多いだろう. この測定装置はおそらくモデルの中に組み込んだり, 床そのものが測定装置になっていることが多い. モデルに組み込む場合, 天井から梁を通すことがよくあり, 断面は翼形状ではあるが, この梁は特にRWのパフォーマンスに影響を及ぼす. そのためCFDとの比較の際は, 計算モデルにこの梁も入れておくことが重要である. サイドからタイヤを支えるタイプのモデルの支持法もあるが, タイヤの後流に影響がある, などと支持方法は一長一短である. また力の測定を行うとき, 十分な測定を行うためにはバランスそのものの温度管理を怠ってはいけない. 例えばバランスの上下での温度差があった場合, ドラッグの測定値に影響が出ることがある.
6.3.2 圧力測定
圧力測定には圧力孔や表面に貼るタイプのパッチが用いられる. 多くの場合, モデルの下面にセンサを集中させ, 圧力分布を測定し, CFDの結果と比較する. スケールモデルを使用する場合, この前述のバランスがモデル内にあると, データロガー含め, あまりモデル内にたくさんのスペースを確保できないという問題がある. 圧力の測定にはScanivalve製のものを用いるのが最も精度がいいとされるが, 場所的に問題がある場合, Evoscannなどの非常に小型なセンサを用いることも検討するといいだろう.
気体の状態方程式によると, 圧力は温度によって変化する. この影響は1℃程度の小さなばらつきであっても無視できない. そのため風洞にはラジエータが設置されているものの, 測定中の温度変化, またモデル内の電子機器などの発熱によるモデル各部での温度差には十分に注意を払う必要がある.
この「場所がない問題」はセンサそのものだけでなく, 測定機器に圧力を入力するチューブにも関係する. 多くの場合, 興味のある車体下面の最低圧部や翼のStallを評価するための後端に近い領域の圧力勾配は大きいことが多く, かなり細かい間隔で圧力孔を配置するほうがよい. 各部のデータを取りたいとした場合, 合計で数十から数百個の圧力孔が使用されるのは珍しい話ではない. この場合, チューブの取り回しや接続方法を, 作業性の観点から十分に注意する必要がある. 3Dプリンタへのアクセスができるようになった今, 部品内の経路は3Dプリンタで作りチューブを中に通さないなどの工夫もできる. また細かい話でいうと, チューブとセンサの距離が長くなるほど, 高周波のデータがチューブ内で散逸し, 精度の低いデータになるなどの問題もあるため, チューブとセンサの距離もできるだけ短くする必要がある.
表面に貼るタイプの圧力センサもあるが, これは非常に繊細でかつ, 流れに影響を及ぼさない程度の薄さであることが求められる. 圧力孔であれば, 空力的に大きな差が出ないということは学術的にも経験的にもよく知られている話であるが, このタイプの圧力センサによる影響は, 厚さに依存する. ただCFDに入れるモデルも同様にモデリングすることでその誤差は最小限にできるため, 例えばアンダートレイなど, 十分な厚みがなく圧力孔がうまく設置できない場所にこのようなセンサは使用するとよい.
全てのセンサに共通することだが, センサも劣化して性能が低下していく. この辺りは使用環境や頻度に依存するので, 各メーカのアドバイスなどを仰ぎ, 常に適切にキャリブレーションされた状態で使用することが必要だろう.
またこの圧力測定は車表面のみでなく, タイヤの後流や車体の後流に対しても行うことができる. いわゆる”金網”を背負う方法や, ロボットアームでピトー管を任意の位置に移動することで, 圧力をマッピングすることができる. この手法は全圧を測定することができるため, CFDとのエネルギー散逸の比較なども定量的に評価することができる. 特にタイヤの後流などの予測が困難なところでのデータは役に立つだろう. ただし後述するように, タイヤのコンタクトパッチを正しく風洞実験と再現するのが困難であるという問題もある.
6.3.3 PIV
PIVとはParticle Image Velocimetryの略. 簡単に説明すると, 流れ場に粒子を流すことで速度場を定量的に評価するという手法である. まず流れ場に影響を及ぼさない粒子(あるいは気泡)を発生させる. そしてテストセクションを真っ暗にしたうえで, 見たい断面をレーザーシートで切り取り, 垂直方向にハイスピードカメラで微小時間の間にその面を複数回撮影(録画)する. このとき, 粒子の速度を追いかけるのに十分なframe/sec (fps)のカメラが必要なため, ハイスピードカメラが用いられる. さらにシャッタースピードなどの関係からレーザーシートも撮影と同じ周波数で点滅する必要があり, それ専用のシンクロナイザーという機械も導入する必要がある. カメラもレーザーシートも全部高価だ. またカメラの被写界深度に合わせて面ごとにピントを調節する必要があるので, 初めての設定の際にはなかなか時間がかかる.
カメラで粒子画像を取得できると, 粒子の動きがより鮮明に見えるように画像処理を施す. PIVでは測定範囲を任意の格子に切り取り, その格子内の粒子画像とΔt秒後の相関関係から, 流れ場の速度を抽出する(つまり粒子1つ1つを認識して追いかけるわけではない). 粒子を1つ1つ認識して追いかける方法はPTV (Particle Tracking Velocimetry)と呼ばれ, それぞれ得意な領域と不得意な領域がある. 興味がある人はPIVと検索したり, 図書館の流れ場の可視化ハンドブックなどを参照されたい.
この処理をレースカーに適応するのは少々難しい. それはレースカーが入り組んだ形状をしているため, 見たい断面の一部が隠れて見えないことがあるからである. この問題を克服するために, ステレオPIVと呼ばれる複数箇所からカメラで撮影し, 各画像に回転行列をかけて画像をレーザーに対して直角からの視点に直したうえで, 合成するなどの手法が用いられる, ただしRWより後ろの後流のパターンはこのような問題に影響されることなく, 比較的簡単に取得できる. また速度ベクトルのパターンをCFDと比較することで, どの領域の予測が不十分か, という議論は行える. そのため後流のPIVは比較的簡単にCFDとの結果を比較できるいいツールになる. `
6.3.4 速度プローブ
ピトー管をロボットアームに掴ませて色々と動かすと, 圧力場と速度場も取得することができる. 特にロボットアームを用いると, 単純なPIVでは測定困難な部位の速度も評価できるため, 場合によっては非常に有益なツールとなり得る. また速度プローブを用いる測定には, 特別なセッティングは必要とされないので, PIVと比較すると簡単に流れ場の定量的評価が可能になるというメリットもある. なおプローブそのものが圧力勾配を生むため, 圧力勾配に対しての空力の反応が敏感なエリアでの使用には注意が必要である. 例えば長手方向に続く渦があった場合, プローブを使用することでその渦の散逸が少し早くなってしまいプローブでは十分に観測できない, などが考えられる.
6.3.5 感圧塗料
使ったことがないが, 圧力によって温度が変化する塗料があり, 自動車の風洞実験にも使用されているらしい. ちらっと耳にした話によると高いとか.
6.3.6 オイルフロー
これは実車でも使われるいわゆるフロービズと呼ばれるもの. 表面のオイルの流れたパターンから翼表面の流れ場の様子を観察することができる. ただ3Dプリンタの積層跡が残っていたりすると, この手法を用いても不十分な結果が得られることもあるので, 表面処理はきちんと行う必要がある(敢えて粗くして試すというのもCFDではできない試みなのでありかもしれない). CFDとの比較が定性的にではあるものの行いやすい. あと僕が見たことあるのは蛍光塗料だったので, 真っ暗の中光っててキレイ.
6.4 風洞モデル
最後に激アツ風洞モデル設計について述べる. これは設計手順に空気力学はほとんど関与せず, 純粋な機械設計だった. 強いて言うなら圧力孔の設置場所wを検討するときにCFDの結果を眺めたぐらい. 空力の形状を考えて, CFDの結果をワクワクしながら待つほうが楽しい. ただ過去のモデルが, 特に骨格のあまりよろしくない点が多く作り直す機会をいただいた. 設計はしんどかったが, これを機に風洞に関していろんな知識を得られたので, よしとする.
6.4.1 骨格
風洞モデルの軸となるのがフレームである. スペースフレームではなく, 金属の板でモノコックのようになっているものがほとんどで, 鋼材で溶接されてあるものもある. 骨格に求められるのは剛性であり, 剛性があることでなんど同じ実験をしても同じ結果が得られる, 再現性が保証される. 風洞実験においては, 実験が終わるとモデルをばらすこともあるので, 組付けの誤差などによって再現性が損なわれることがある. これを防ぎ, かつ実験中にモデルが変形することを防ぐために, 骨格は非常に頑丈に作られる.
6.4.2 タイヤ
風洞実験をするうえで1つ重要なのがタイヤの設計である. サスペンションが電子制御でなく形だけの場合, タイヤは地面に押し付けられるわけではない. そのためタイヤの回転によるバランスを取っておかないと, 運転時にタイヤが跳ねたりする. 実際に運転時にタイヤが破損すると, ムービングベルトや風洞のベルトそのものを破損しかねないので, タイヤの設計にはかなり注意を払う必要がある.
さらに空力的観点からもタイヤは非常に重要な要素である. まずタイヤの有無による空力的な変化について説明する. タイヤが回転すると, その回転から車体の上下方向の流れを誘起する. そしてこの流れはタイヤの後ろにある後流に大きな影響を及ぼす. 空力設計ではこの後流をいかに処理するかでRWやサイドポッド, サイドウィングのパフォーマンスが決まるため, おそらく多くの空力設計者がタイヤの後流処理について日々頭を悩ませていることだろう. 特にSquirtなどともよばれるタイヤが回転して地面に空気を巻き込むことでタイヤの左右方向に発生するジェット気流は車体下部などにも大きな影響を及ぼし, 空力的なパフォーマンスにおける1つ支配的な流れになってくる. そしてこの後流のエネルギー散逸は非常に複雑で時間依存も激しいため, 一般にCFDでの正確な予測は困難な領域の1つである. よってタイヤの回転の有無は空力的には非常に重要な要素の1つである.
このSquirtに関してさらに注目すると, この気流の度合いはタイヤの変形量, および変形の仕方に左右される. 過去にF1チームが風洞用のタイヤを各々で開発していた際は, 中に機械的な変形装置を入れて実車のタイヤの変形を模したり, 実車のタイヤの変形と同じように変形するタイヤの開発などが熱心に行われていたほど, 重要な要素の1つである. 一般にスケールモデルにおいて変形するいわゆるゴムタイヤを手に入れることは困難である. 場合によってはスポーツカートのタイヤを用いることでより正確な評価ができるかもしれない. 僕が見た限り, 学生フォーミュラでのスケールモデルは3Dプリントされたタイヤを用いて実験を行っている. 僕もゴムタイヤについて調べてみたところ, アメリカにあるモデルカー専門店が3万円ぐらいで学生フォーミュラにも使えそうなタイプのゴムタイヤを販売していた. スケールによってはラジコンのタイヤが使えることがあるのかもしれない.
6.4.3 ボディワーク
シャシを含む空力パーツのこと. 最近は手頃に3Dプリンタにアクセスができるので, スケールモデルの製作は容易くなってきている. 空力部品である翼などは表面性状によって性能が左右するため, 表面仕上げを丁寧に行う必要がある. レイノルズの相似則を適用しようとすると, 小さい部品に大きな荷重がかかることになり, ムービングベルトと部品が設置する, または部品が単体で破損すると風洞そのものにダメージが及ぶので構造的に剛性が高い必要がある. 例えば3Dプリンタで作った翼などは明らかに強度不足なので, ボルトなどを通してある程度の剛性を持たせることが多い. また薄いパーツにはフラッターが起こることもあり, 振動抑制のために新たなステーを設計することもある.
定期的に実験を行える環境であれば, パーツをどこで区切るのかというモジュール設計を重視しておくと最低限の資源でできるだけ多くのテストを行うことができる. 部品を多く分割するとそれだけ段差と遊びを作ってしまうため, 段差をふさいだとしても実験の再現性は低下してしまう. 同じようにパーツをくみつけたつもりでも, 測定値は容易に変動してしまうだろう. そのためモジュール設計と再現性両方のバランスをとることが1つボディワークの設計の難点だ.
PIVを検討する場合, レーザー照射によって3Dプリンタで使用されるプラスチックの場合, 溶ける可能性がある. またレーザーが反射しないような色を選択しないと, 乱反射によって正しく粒子画像が取得できないなどの問題もある. PIVに対応しており3Dプリントできるものは, 例えばエポキシを用いたレーザープリンタで造形したものが挙げられる. 色の選択に関してはレーザーの反射を最小限に抑えるために, 一般的にはレーザーの色に対しての補色が選択されるが緑色のレーザーに対して黒はよく使用されている.
6.4.4 姿勢制御
ピッチとヨー角, 車高は風洞そのもので調整できることが多い. ステアとロールは車体そのものを動かす必要があるので, そのような機構が内蔵されていると望ましい. このアクチュエータは空力的な負荷がかかった状態で駆動することが求められるので, 出力が大きなものが求められる. そして装置の体積が大きくなる. なのであれば理想だが, 必須というわけではないかもしれない. ロールに対するエアロ特性が, 車体の挙動にどのような影響を及ぼすか, というところに立ち戻って検討するといいかもしれない.
6.5 最後に
風洞実験に関してF1エンジニアが言ってた印象に残っている言葉を紹介して本稿を占める.
Low quality data is worse than nothing.
改訂記録
20/02/2023 図なしで投稿(O型を発揮)
20/02/2023 PIV, 天秤の用語修正
13/03/2024 文章の推敲, 簡素化, および内容の追記